厚生労働省、社会保険庁の無責任と舛添要一のデマゴーグ

 国民に、年金納付記録を送る事に「切手代だけでも80億円かかる」だから国民に負担をしてもらうことは、やむなし。
と、舛添厚生労働大臣は言う。

 このことは今回の社会保険庁の年金横領事件の象徴的な出来事であるが、社会保険庁が行ってきた出鱈目、詐欺的犯罪行為、横領、国民を裏切ってきたことの尻拭いを国民に押し付けるというロジックでしかない。
 なぜ国民が今それを負担しなければならないのか。その信頼できない原因を作ったのは社会保険庁そのものであり、国民にはその責任は無いであろう。
ただ、舛添はこう言いたいのであろう「国民が監視できなかったことに責任の一端はある」と。
 それが国民の負担という形の言葉で出てきたに過ぎない。
 まったくのデマゴーグであろう。

 このロジックが成り立つのであれば、国家、公僕、国会(地方)議員の行ったことは国民に責任の一端があるということなのである。公務員を雇用する試験も、その採用基準も、その人間達が行ったことに対する責任も最終的には国民の責任という形での帰結なのである。
 私には到底受け入れられない帰結なのである。


 また枡添はこうも言っている。
 「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション制度(WE)」について、「名前を『家庭だんらん法』にしろと言ってある」と言い換えを指示したことを明らかにした。
 その上で、「残業代が出なければ、早く帰る動機付けになる」と評価、働き方の改革の一環として取り組む考えを示した。
 
 現在の日本は、実質的に 「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」が極めて歪んだ形で導入されていると言っても過言ではないであろう。
 月額の給料を固定されて、延々と仕事をつっこまれる。そして残業時間自体の申請ができないために100時間/月 の残業は、巷間普通の企業では常態化している。
 枡添はこれまで「普通の企業」というものを体験しないで、高見から物を言うだけで現実には程遠いのである。
 労働者の現実を一番知らないのは枡添本人なのであり社会保険庁の職員くらいしか仕事をしているところを見たことがないのであろう。
 「家庭だんらん法」それができるくらいなら、その前に私は「企業内ニート」になりたいくらいなのだ。
 そう、会社にいながら「働いたら負けだと思ってる」とでも言いたいくらいなのだ。枡添と現実はあまりにも乖離しており、議論の土俵にも乗ってこない。
 枡添よ、増税のための病院の視察もいいが平均的労働者の労働を見てみたらどうか。
 君の大好きな「おフランス」とは大違いなのですぞ。

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